仕事は回っている。
後輩の指導も、主任としての業務も、なんとかこなせている。
でもなんか、楽しくない。
- 朝起きるのが億劫。
- 好きだったはずの読書が、義務みたいに感じる。
- 筋トレを始めても、爽快感がない。
- 酒を飲む回数が増えた。
- アニメや動画を、ただ流して眺めている。
「疲れてるだけだ」と言い聞かせながら、でも心のどこかで気づいていたように思います。
これは、普通の疲れじゃないかもしれない。
この記事は、私の体験談です。
40代メンタル回復のための「正解」を教える記事ではありません。
ただ、「私と同じような状態の人に、少しでも届けばいい」と思って書いたので辛い人は読んでみてください。
結論:遊びを削ると、人は静かに壊れていく

先に言っておきます。
遊びは、逃げじゃない。エネルギーの補給装置です。
私はこれを、5年かけて体で学びました。もっと早く気づいていればと思うけれど、今の私があるのもその5年があったからだとも思います。
釣りという、たった一つの「没頭できること」が、静かに壊れかけていた私を引き戻してくれました。
ビフォー:5年間、俺は遊びを「悪」だと思っていた
2020年。34〜35歳のころだった。
認定理学療法士の試験を控えていて、情報収集をしていたとき、気づいてしまいました。
全国には、ものすごく頑張っているPTがたくさんいる。
SNSやブログで発信しているPTたちの姿を見て、正直焦せりました。
「自分も遊んでばかりはいられない」
「今のままじゃダメだ」
そこから始めたのが、
- 読書
- 筋トレ
- ブログ
- 資格勉強
やるべきことを積み上げ、やらなくていいことを削っていきました。
釣りもキャンプも、その「削るリスト」に入れてとにかく自己研鑽。
最初の2〜3年は、それなりにうまく回っていたように思います。
充実感もあったし、成長している実感もありました。「これが正解だ」と思って行動していました。
でも、5年が経つころに、なんとなくやる気が出ない状態が増えたんですよね。
崩壊のサインは、静かにやってきた

最初に気づいたのは、習慣が崩れ始めたことでした。
- 毎日やっていた筋トレをやっても、爽快感がない。
- 読書を開いても、頭に入ってこない。
- 「未来への投資なのに、成果が出ないなら意味ないかも」
そんな考えが浮かぶことが増えました。
仕事はこなせていました。
でも、
- スタッフに対していつものように明るく振る舞えない。
- 大したことでもないのに、イライラする。
- 仲の良い後輩のことさえ、嫌いになりそうになった瞬間があった。
そのとき、思いました。「これやばいやつだ。うつの一歩手前かも」
理学療法士として、うつのサインは本で何度も読んでいました。
だから逆に、早めに気づけたように思います。
「取り返しのつかなくなる前に、手を打たないと」
頭の片隅にあったその知識が、辛うじて私を引き止めたように感じます。
行動:なんとなく、久しぶりに海へ行った
特別な決断ではありませんでした。
理由はないけど、ただ、なんとなく「釣り行きたいな」とふと思いました。
大好きだったシーバス釣りは、環境の変化でめっきり釣れなくなっていたので、「じゃあ、根魚なら釣れる。久しぶりにライトゲームやろう」
思いつきで行動しました。
行く前の気持ちは、正直やや億劫だった用に思います。道具を出して、車に積んで、夕方に一人で出かける。そのエネルギーすら、当時の私には少し重かったですね。
でも、心の奥にかすかなワクワクがありました。だって久しぶりの釣りだし。
転機:メバルのあたりが合った瞬間、気づいてしまった

漁港に着いたのは、真冬の夕方。
かなり冷える。手がかじかむ。でも全身にカイロを貼り、防寒対策は万全。
ロッドにラインを通して、ワームを投げる。
ゆっくり巻いてくる。
その繰り返し。
久しぶりに頭の中が、静かになった感じがしましたね。
いつもとにかく成長することばかり考えていたので。
仕事のことは全く考えていなかったように思います。
ブログのアクセスのこと、考えていなかった。
「あれをやらなきゃ」という焦りは全部、どこかに消えていた感じ。
見上げると、星空がやばいんですよ。めちゃくちゃ田舎の漁港だから、星がきれいに見えるの。
波の音と、風の音だけしか聞こえないしね。
ああ、こういう感覚、ずっとなかったな。
そのときズン、と重い引きがきました。
ロッドを立てて合わせる。
しっかり乗った。
手元に伝わる生命感。
ロッドが大きくしなる。
最高だと思いましたね。

これだけ気持ちいい瞬間が、ずっとありませんでした。「楽しむ」ということを、完全に忘れていましたね。仕事とか自己投資しなきゃって思い込んでたから。
そのことに、釣れた瞬間に気づいた感じ。
なぜ回復したのか:理学療法士として考えてみた
あくまで「私の場合は」という話だが、整理してみると3つの要因があったと思います。
① 自然との一体感が、脳のノイズを消した
現代の生活は、常に何かを考えさせられる環境です。
- スマホ
- SNS
- 仕事のタスク
- 人間関係
脳は休む間もなく処理し続けていますよね。
でも漁港の夜は、違ったんですよ。
星空と波音と、手元のロッドだけがある世界。
「考えなくていい」ではなく、「考えられない」環境だった感じ。
これが、脳にとって本当の休息になったんだと再認識しました。
② 本能的な「狩猟感覚」が刺激された
子供の頃から釣りしたり、虫を追いかけたりするのが大好きだったです。今回の釣りもあの頃の感覚に戻った感じ。
ある本で読んだ表現を借りると、これは「狩猟採集時代の本能」に近いんだろうな。
現代の仕事や勉強の「集中」とは、根本的に違う。
自然を相手に、身体と感覚を総動員して獲物を狙うのよ。
人間がもともと持っていた、その回路が動いた感じがしましたね。
仕事での集中は、脳を消耗させるけど、釣りの没頭は、脳を解放するというか休息というか。
少なくとも私には、そう感じられましたね
③ 身体的な疲労が、深い睡眠を引き出した
真冬の夜釣りは、正直過酷です。しかも北国だし。
寒さ、立ちっぱなし、集中の連続なの。帰宅したとき、心地よいくらいに疲れていました。
その夜は、久しぶりにぐっすり眠れたように思います。
家の蛍光灯やテレビの明かりなどがない空間にいると、ここまでぐっすり寝れるんだと驚きました。
睡眠の質は、メンタルに直結します。理学療法士として、それは頭でわかっていました。でも「釣りがここまで効くとは」と、正直驚きましね。
向いている人・向いていない人
正直に書きます。
以下の人には、刺さると思います。
- 昔、釣りやアウトドアが好きだったのにやめてしまった人
- 「遊んでいる場合じゃない」と何年も言い聞かせてきた人
- 仕事はこなせているのに、なんか空っぽな感じがする人
- 習慣が続かなくなってきた、爽快感がなくなってきた人
- 心のどこかで「このままじゃまずい」と感じている人
そして、以下の人には、少し違う当てはまらないかも。
- すでに本格的なうつ・精神疾患の診断を受けている人(まず専門家へ)
- もともと自然やアウトドアに興味がない人
- 「没頭できるもの」が他にある人(それでいい。釣りじゃなくていい)
私の体験は、「うつの一歩手前」での話です。
本格的なメンタル疾患の治療法を語れる立場にはありません。
「似た状況の人に、こういう選択肢もあるよ」という話として受け取ってほしい感じ。
まとめ:遊びは、余裕があればするものじゃない

5年間、私は遊びを削り続けてきました。
読書、筋トレ、資格勉強、ブログ。
やるべきことを積み上げて、遊びを後回しにし続けてきました。
その結果、静かに少しずつメンタルがやられていきました。
久しぶりの釣りで気づいたのは、「趣味は楽しいな」だけじゃなかったように思います。
「遊びがないと、走り続けられないし頑張れない」
という、シンプルな事実。
自己啓発本に出てくる成功者は、みんな必死に見える。「遊ぶ暇があったら学べ」みたいな言葉も、たくさん目にしました。
でも少なくとも私には、それは半分正解で半分正解じゃなかったように思います。
遊びは逃げじゃなくエネルギーの補給装置なんだと気づきましたね。
しかも「余裕ができたらやる」ものじゃなく、「先に確保する」ものなのかも知れません。
週1回、釣りに行くために、
- どうしたら時間を作れるか。
- どうしたら身体のコンディションを整えられるか。
- どうしたら仕事を効率よく終わらせられるか。
そう考え始めたとき、仕事への向き合い方まで変わったように思います。
過去の自分に言えるとしたら、
「遊びを先に入れろ。遊ぶことを忘れるな」って感じかな。
次のステップへ
この記事では、私の体験を通じて「遊びがメンタルに効く理由」をお伝えしました。
でも、「じゃあ具体的にどう設計すればいいの?」という疑問も出てくると思います。
そもそも「遊び資本」ってどういう考え方なのかな。
なぜ知的資本・身体資本と並べて、遊びを「資本」と呼ぶの?
次の記事では、その概念と40代への実践的な当てはめ方を掘り下げています。
【次の記事】遊び資本とは何か|40代が知るべき「没頭が人生を変える」理由(作成中)