最近、一冊の本が私の心を激しく揺さぶった。『世界の果てのカフェ』。
物語自体は非常にシンプルです。道に迷った主人公がふと立ち寄った不思議なカフェ。そのメニューの裏には、三つの問いが書かれていた。
- あなたはなぜ、ここにいるのですか?
- 死を恐れていますか?
- 満足していますか?
特に最初の問い、「あなたはなぜ、ここにいるのか?」という言葉。
これは単なる場所の確認ではない。
もっと根源的な、「自分の存在理由(PFE=Purpose For Existence)」を問うものです。この一文を目にした瞬間、私はスマホを置き、今の自分の輪郭を見つめ直さざるを得ませんでした。
私は今、40歳です。人生の折り返し地点とも言える年齢になり、地元を離れ、海沿いの地方病院で理学療法士として働いています。
振り返れば、かつてこの地を選んだ理由には、私なりの「情熱」がありました。
尊敬する上司の背中を追い、趣味の釣りができる海を愛し、貯金に励みながら自らを磨く。それが正解だと信じて疑わなかった過去の自分。
しかし、月日は残酷無ことに、憧れた上司は去り、気づけば私は「主任」という立場になり、組織を回す側に回っていました。
毎日繰り返されるルーチンワーク、変化のない日常。そんな中で、心の奥底にある「違和感」が、この本によって一気に表面化し行動しようと思えました。
私のような40代中年には刺さる内容です。わたしより早くこの本に出会えた人はラッキー。ぜひ最後までみてください。
1. 「誠実さ」と「経営」の狭間で――病院という組織に抱く葛藤
理学療法士として十数年働いてきました。 私は「誠実さ」を何よりも大切にしたいと考えています。
治せないものは治せないと正直に伝え、患者様にとって本当に必要な支援だけを届けたい。それが私の考えです。
しかし、現実は甘くない。 病院という組織で働く以上、「経営」という数字からは逃げられない。
時には、本人がリハビリに意欲を持てず、現状を維持するだけで精一杯の方に対しても、介入を続けなければならない場面がある。
「果たして、この時間は本当にこの人のためになっているのか?」という疑問を抱えながら、機械的にリハビリを提供する。
特に対象が高齢者であればあるほど、認知症などの影響もあり、劇的な改善を望むことは難しくなる。
もちろん、現状維持も立派な医療の役割だと思います。だが、私は長年その現場に身を置く中で、徐々に疲弊していく自分を感じていました。
私は、もっと前向きに「良くなりたい」「人生を変えたい」と願う人たちと、真正面から向き合いたい。
自分の持てる知識と技術のすべてを、その人の希望のために使い切りたい。
「お金のためにやらない」という誠実さを守るためには、実は「自分で稼ぐ力」が必要なのだと痛感しています。組織に依存している以上、組織のルールに従わなければならないからです。
「なぜ私はここにいるのか?」 この問いに対し、「給料をもらうため」という答えしか出せなくなったら、それは専門職としての死を意味するのではないでしょうか?そんな危機感が、私の中に静かに、しかし確実に広がっていました。
2. 40歳の挑戦――「学会準備委員長」と「個人の看板」の二足のわらじ
幸いなことに、私は今、大きなチャンスの中にいます。
令和9年度に開催される「県の理学療法学術大会」の準備委員長という大役を任されました。
人口が少ないこの地域だからこそ、若くして?(40だから若くないか。。)これほど重い責任を担い、組織を動かす経験を積める。これは理学療法士としてのキャリアにおいて、間違いなく大きな財産になるだろうなと考えて引き受けました。
一方で、私は別の道も模索し始めています。
- AIを活用した業務の効率化
- ブログでの発信
- 将来的な「自費リハビリ」や「整体」といったスモールビジネスへの挑戦
病院という大きな看板を脱ぎ捨て、私という「一個人の看板」を掲げたとき、一体何人の人が私を必要としてくれるのか。
自分の技術が、一般の人々の仕事をどれだけ楽にできるのか。それを知りたいと思うようになりました。
『世界の果てのカフェ』の中では、多くの人は、『いつかやりたいこと』のために今を犠牲にしている。
けれど、その『いつか』の準備をしているうちに、人生そのものが終わってしまう。この本は、リストをいつか消化するのではなく、今この瞬間から自分の存在理由に従って生きろと問いかけてくる感じ。
私はようやく、やりたいことに向かって動き始めた感じです。
毎日の筋トレ、瞑想、読書。
これらはすべて、いつか来る「勝負の日」に備えて自分という刀を研ぐ作業ではあります。
病院での公的な任務を全力で全うしながら、それと並行して「自分という個の力」を育てていく。
この二足のわらじこそが、今の私にとっての「なぜここにいるのか」への、現時点での誠実な回答ではないかと感じます。
後は実際に始めるだけ。私はまだ、ずっと準備をしているような状態です。
3. 「いつか」を「今」に変える勇気を――読者へのメッセージ
物語の終盤、主人公はカフェを去り、新たな一歩を踏み出します。
彼が見つけた答えは、決して特別なものではありません。
ただ、「自分の人生のハンドルを、自分自身で握り直す」という決意だけなんですよね。
40歳。
子供は高校、大学と進学を控え、教育費という現実的な重圧ものしかかります。
安定を捨てて無謀な賭けに出ることはできません。だが、「安定」を理由に自分の魂をすり減らし続けるのも、また一つのリスクではないだろうかと感じます。
私は、今の仕事を全否定しているわけではない。 今の場所があるからこそ、学会の準備もできるし、生活の基盤もあります。
しかし、そこに安住し、考えることをやめてしまうことだけはしたくないと思っています。
組織の中で責任を果たしながら、同時に「自分にしかできない価値」を社会に提供していきたい。
そのプロセスにおいて、私は日々成長し続けたいと思ってます。
もし、この記事を読んだあなたが今の日常に「何かが違う」という違和感を抱えているなら、一度立ち止まって考えてみてほしいです。
「あなたはなぜ、今そこにいるのですか?」
その答えが、過去の惰性や、誰かに決められたレールの上にあるのなら、少しだけ脇道に逸れてみる勇気を持ってもいいはずだと感じます。
『世界の果てのカフェ』は、私に「先延ばしにするな、今を生きろ」という強烈なメッセージをくれた本です。
人生は一度きりです。
後悔して死ぬよりも、挑戦して、もがいて、成長し続ける人生を選びたい。
私はこれからも、理学療法士という枠に捉われず、一人の人間として「誠実さ」と「挑戦」を胸に、どこまで行けるか進んでみたいと思います。